自分史「自己破産しても変わらなかった――デリバリーの後払いとサブスク漬けの俺が、スタッフと一緒に初めて家計簿をつけた話【Day 40】」 「自己破産までしたのに、お金の管理から逃げ続けていた。デリバリーの後払い、サブスク漬け。でも就労移行支援のスタッフと一緒に初めて家計簿をつけ、お金と向き合い始めた。完璧じゃなくていい、まず見ることから――47歳・転職30回・生活保護の視点で振り返る。」 2026.07.21自分史
自分史たった35点から始めた――何をやっても続かなかった俺が、初めて続けられた話【Day 39】 これまで何ひとつ続けられなかった俺が、就労移行支援でタイピングを35点から始め、毎日だけはやめなかった。数ヶ月で220点を超え、初めて「続けられた」。続かないのは意志の弱さではない――47歳・転職30回・生活保護の視点で振り返る。 2026.07.21自分史
自分史また働くのが怖かった――「就労移行支援」という入り口にたどり着くまで【Day 38】 、「コールセンターを辞めたあと、また働くのが怖かった。同じ失敗を繰り返したくなくて、いきなり働く以外の道を探すうち『就労移行支援』に出会う。でも通うまでには壁がいくつもあった――47歳・転職30回・生活保護の視点で振り返る。」を想定しています。 2026.07.20自分史
自分史働きたくても、動けなくなった――生活保護は、終わりではなく土台だった【Day 37】 通信系の仕事を辞めたあと、だんだん家から出られなくなった。働きたくても心も体も動かず、資金も尽きていく。抵抗を感じながらも生活保護を申請し、受給に至った。働けなくなったのは怠けではなく限界のサイン、生活保護は終わりではなく再起の土台だった――47歳・転職30回の視点で振り返ります。 2026.07.19自分史
自分史働いていたのに、お金は残らなかった――デリバリー依存と10万円の請求【Day 36】 コールセンターで働いて収入はあったのに、お金は残らなかった。疲れた体を目先の安心で埋めるうちにデリバリーへの支出が月10万円を超え、後払い決済の限度額が知らないうちに上がって10万円の請求が来た。使いすぎは意志の弱さではなく余裕のなさだった――47歳・転職30回・生活保護の視点で振り返ります。 2026.07.19自分史
自分史コールセンターでミスばかり――俺はもう、組織に合わせられなかった【Day 35】 狭心症の手術のあと、カード関連の問い合わせ対応のコールセンターに派遣で入った。記録のミスが減らず、クレーム後に「改善する気はあるか」と問われて「ない」と答え、3ヶ月で契約解除。でもあれは投げやりではなく、組織に合わせ続けることの限界だった――転職30回・生活保護の47歳が振り返ります。 2026.07.16自分史
自分史リヤカーで毎日10km、売れなきゃ収入ゼロ――そして狭心症で倒れた【Day 34】 海のそばの新聞配達を辞めたあと、リヤカーで食品を売る訪問販売の仕事に就いた。フルコミッションで売れなければ収入ゼロ、毎日10km歩く日々。男数人での共同生活と余裕のなさの中で心身は削られ、ついに狭心症で手術・入院。崩れの根っこは余裕のなさだった――転職30回・生活保護の47歳が振り返ります。 2026.07.16自分史
自分史続かないのは根性のせい? 生活リズムが整わない仕事を辞めた日【Day 33】 焼き鳥チェーンを辞めたあと、海のそばの街で住み込みの新聞配達を始めた。人間関係の問題はなかったが、昼と夕方の二部制で生活リズムがどうしても整わず、約2〜3週間で退職。続かないのは根性のせいではなく、働き方のリズムが合わなかっただけ――転職30回・生活保護の47歳が振り返ります。 2026.07.11自分史
自分史不器用でミスばかり、焼き鳥屋も短期で辞めた――でも「どこでもダメ」じゃなかった【Day 32】 家を出たあと、焼き鳥チェーンの正社員になったが、串打ちは不器用でうまくいかず、オーダーミスも多発。人間関係もつまずき短期で退職。でも振り返れば、コンビニのような「答えのない仕事」なら5年半続いた。ミスが多いのは欠陥ではなく相性だった――転職30回・生活保護の47歳が振り返ります。 2026.07.08自分史
自分史家にも職場にも居場所がなかった――7年ぶりの親との同居と、家を出た日【Day 31】 コールセンターを辞めたあと、2019年に引っ越して約7年ぶりに親と同居。でも家にも職場にも居場所がなく、朝は用事を済ませたらすぐ家を出ていた。限界の中で「家を出る」決断をし、同じ年に自己破産が許可された――転職30回・生活保護の47歳が正直に振り返ります。 2026.07.07自分史