はじめまして、あるいはいつも読んでくださってありがとうございます。俺は47歳、これまで転職を30回くり返し、自己破産をして、いまは生活保護を受けながら暮らしています。糖尿病と狭心症も持っていて、完ぺきという言葉から、たぶん一番遠いところにいる人間です。
この記事は、そんな俺の自分史の続き(第28話)です。前回(Day 38)で、俺はやっと就労移行支援という入り口にたどり着きました。今回は、その入り口をくぐって、実際に通い始めてからの話です。
先に結論を書きます。俺はこれまで、何ひとつ続けられない人間でした。でも、それは意志が弱かったからではなく、続けられる環境と、続く理由がなかっただけだったんです。就労移行支援という場所で、俺はタイピングの練習をたった35点から始めました。半信半疑のまま、 練習だけはやめませんでした。すると数ヶ月で、220点を超えていました。地味な毎日の積み重ねは、確実に自分を変えていきます。
Day 38の続き――就労移行支援に、通い始めた
2023年の6月ごろ、俺はようやく、就労移行支援に通い始めました。ここにたどり着くまでにいくつもの壁があったことは、前回のDay 38に書いた通りです。
いきなりフルタイムで働くのではなく、通いながら少しずつ働く準備をしていく。生活のリズムを整えたり、パソコンのスキルを身につけたりする場所です。俺にとっては、ずっと探していた「間の一歩」でした。
正直、最初はうまくいくか不安だった
通い始めたものの、正直に言うと、最初からうまくいっていたわけではありません。
まず、朝がダメでした。遅刻こそしなかったものの、毎朝ギリギリに起きて、バタバタと出ていく。「通う」という当たり前のことすら、俺にはなかなか難しかったんです。
これまでの人生を振り返れば当然でした。俺は、何をやっても続かない人間だったからです。「どうせ、ここも続かないだろうな」。心のどこかで、そう思っている自分がいました。
これまでの俺は、何ひとつ続けられなかった
本当に、何ひとつ続きませんでした。仕事は数えきれないほど辞めてきました(このあたりの癖はDay 8に書いています)。何か習慣にしようと思っても、三日と続いたためしがない。
だから俺は、ずっと「自分は意志が弱い、ダメな人間だ」と思っていました。続かないのは、自分の性格の問題だと。そう信じて、半分あきらめていたんです。
そんな俺が、タイピングの練習を始めた――たった35点だった
そんな俺が、就労移行支援で、タイピングの練習を始めました。これから働くうえで、パソコンは避けて通れませんから。
ところが、これがひどいものでした。そもそも俺は、ホームポジション――キーボードに指を置く基本の位置すら知りませんでした。だから、両手の人差し指だけで、一文字ずつキーを探して打つ。いわゆる一本指打ちです。
最初に測ったスコアは、35点。正直、「やっぱり自分はこんなものか」と思いました。周りと比べても、明らかに低い。恥ずかしさもありました。
半信半疑のまま、練習だけはやめなかった
でも、このときだけは、なぜか一つだけ決めたことがありました。「うまくなろう」ではなく、「毎日やる」。ただそれだけです。うまくなれるかどうかは、正直わかりませんでした。半信半疑でした。
それでも、毎日欠かさずトレーニングを続けました。1日もサボらずに、です。これまでの俺なら、35点なんて数字を見た時点で「向いてない」と投げ出していたはずです。でもこのときは、結果は気にせず、ただ毎日キーボードに向かうことだけを続けました。
気づいたら、220点を超えていた
数ヶ月が経ったころ、ふと自分のスコアを見て、驚きました。平均で220点から230点を、当たり前のように出せるようになっていたんです。35点だった俺が、です。
いちばん驚いたのは、いつのまにか画面のキーボードを見なくても打てるようになっていたことでした。あの、指一本で一文字ずつ探していた俺が、手元を見ずに文字を打っている。信じられませんでした。ブラインドタッチが、できるようになっていたんです。
このとき俺は、生まれて初めて「続けたら、本当に変わった」という感覚を、自分の手で確かめました。才能でも、特別な頑張りでもない。ただ毎日やめなかっただけで、ここまで変われた。それが、何よりの証拠でした。
続けられたのは、意志が強かったからじゃない――環境と、人のおかげ
ここで、はっきりさせておきたいことがあります。俺が続けられたのは、意志が強くなったからではありません。俺の意志の弱さは、昔から何も変わっていません。
続けられたのは、続けられる環境があったからです。毎日通う場所があって、そこでトレーニングする仕組みがあって、そして何より、支えてくれるスタッフの人たちがいた。うまくいかないときに一緒に考えてくれる人がいた。だから続けられたんです。
正直に言えば、この時期の俺は、まだまだ未熟でした。たとえば、自分の操作ミスなのに「これは絶対システムがおかしい」と思い込んで、スタッフに食ってかかったこともあります。あとでちゃんとやり直したら、普通にできた。ただの思い込みでした。そんな、かっこ悪い場面も何度もありました。それでも、周りの人たちは俺を見放さずにいてくれたんです。
小さな自信が、次の一歩につながった
「続けられた」という小さな成功は、俺に少しずつ自信をくれました。そして、その自信は、思いがけない方向にも広がっていきました。
俺は、通っていた場所で「イベント企画部」というものを、自分で作ったんです。通常の作業とは別に、みんなで楽しめるイベントを企画・計画・実行する、部活のようなものです。花見に行ったり、動物園や水族館、科学館を見学したり。自分で言い出して、自分で形にしました。
人と関わるのが苦手で、何をやっても続かなかった俺が、自分から何かを立ち上げて、人を巻き込んで、最後までやり遂げる。少し前の俺からは、考えられないことでした。タイピングで得た「続けたら変われる」という小さな確信が、こういう一歩を後押ししてくれたんだと思います。
振り返り――続かなかったのは、自分がダメだからじゃなかった
この時期を振り返って、俺がいちばん伝えたいのはこれです。
何をやっても続かなかったのは、俺がダメな人間だったからではありませんでした。ただ、続けられる環境と、続ける理由がなかっただけだったんです。環境が整って、支えてくれる人がいて、そして「毎日やる」というたった一つのことを守っただけで、俺は変われました。
35点が220点になる。数字にすればそれだけのことです。でも俺にとっては、「自分でも続けられる」「続ければ変われる」ということを、生まれて初めて証明できた出来事でした。この「毎日の小さな積み重ねが自分を変える」という考え方は、このブログの土台そのものです。Day 1にもまとめています。
あの頃の見方と、いまの見方
| できごと | 当時の見方 | いまの見方 |
|---|---|---|
| 何をやっても続かなかった | 意志が弱いダメな人間 | 続けられる環境と理由がなかっただけ |
| タイピング35点 | やっぱり自分はできない | 誰でも最初はここから |
| 毎日続けた | どうせ続かないだろう | これが自分を変えた核 |
| 220点になった | たまたまかもしれない | 毎日続ければ変われる証拠 |
| イベント企画部を作った | なんとなくやってみた | 小さな自信が生んだ一歩 |
もし今、あなたも「自分は何をやっても続かない」と感じているなら、それはあなたがダメだからではありません。続けられる環境に身を置いて、ほんの小さな一歩から始めれば大丈夫です。俺も、たった35点から始めました。うまくなろうとしなくていい。ただ、毎日やめないこと。それだけで、景色は変わっていきます。
自分史と『考え方』の読み方ガイド
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。もしよかったら、あなたの気になるところから読んでみてください。
▶ 何をやっても続かない・自分は変われないと感じている人へ
Day 38(再起の入り口) / Day 8(すぐ辞める癖) / Day 1(考え方の土台)
▶ 前回の続き・これまでの流れを読みたい人へ
Day 38 から順に、Day 12 まで時系列でさかのぼれます。
▶ このシリーズ全体の考え方を知りたい人へ
Day 1 / Day 3(全体ガイド)
次回も、この続きを書いていきます。ここから、俺の毎日は少しずつ変わっていきます。よかったら、また読みに来てください。


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